Alice opens the parasol. #ex
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[ a l i c e p e k o e . ] |
epilogue/ pure straight 「───はい。どうぞレンちゃん」 翌日。 三人は改めてクローゼに会うため城に訪れ、再会を喜び合った。一刻ほどそれぞれ土産話を語り合い、親交を確かめたところで、クローゼの公務とツァイス行きの定期便の時間となったのである。 だがその前に、渡したいものがある───そう言ってクローゼが政務室へ連れて来たのは、レンだった。理由がわからず首を傾げる少女に、クローゼは軽く丸められた一枚の紙を差し出す。 「……これ、何かしら?」 「開けて見て下さい」 にこにこと微笑む彼女に怪訝な表情を浮かべつつも、レンは言われた通り紙を広げる。羊皮紙に綴られた文字とリベール王政府の印────その内容に、レンは大きく目を見開く。 「…………え、……これ……」 呆然とした声で呟き、少女はその紙とクローゼの顔を何度も見返した。軽く屈み込んだクローゼは、あくまで優しい微笑を浮かべている。 「はい。これで、レンちゃんは正式にリベールの住民です」 「っ────……」 彼女の言葉に、レンは思わず言葉を失う。────それは、少女がリベールの国民であることを示す証。遠い昔に故郷も姓も失くした少女を……一度はこの国に大きな危機を招いた少女を、住民として受け入れるという約定の誓紙。 そこに記された名前は、カシウスとエステル、ヨシュアに続いて、もう一つ新たな名前が加えられている。 「おめでとうございます。────これから、あなたはレン・ブライトです」 それが、レンの耳にはどう届いたのか。 レンはただじっと、呼吸さえ忘れたかのように綴られた名前を見つめている。その頬を濡らす、透明な雫にさえ気付かぬように。 その涙が果たして歓喜によるものなのか、あるいは悲哀によるものなのか。クローゼには知る由もない。 だが、それでもいいと思った。自分は、この距離でいいのだと。 一緒に泣くことは出来ない。抱きしめ、その背を撫でることも。けれど────ここに立つことは、自分にしか出来ないのだ。 ────見守っていこう。近くはない、この場所から。 いつかきっと少女が……いや、彼ら三人が、望む未来へと辿り着くまでを。 そのためのほんの少しの手助けなら、自分にだって出来るはずだ。例えば今、この証を示したように。 「この証書は、他の───同じように家族である方たちのものと一緒に、ロレント地区で纏められて保管されます。つまりレンちゃんは他の多くの皆さんと同じように、このリベールの民として権利と義務を与えられることになります」 「…………権利と、義務……」 「はい。そのあたりはわたしから言うべきことはありませんね」 ハンカチを差し出しながらそう言うクローゼに、レンは小さく頷いた。昨日、何度も確認したこと。ハンカチでごしごしと目元を擦り、レンは顔を上げる。……不安はない。だって少女は、ちゃんと自分の道を見据えている。 「……ありがとう、お姫さま。ハンカチは汚しちゃったけど」 「お渡ししたのは私ですから、気になさらないで下さい。それと、こちらもお預かりしますね」 言ってクローゼは手巾と共に、先ほどの羊皮紙を受け取る。彼女が言った通り、ロレント地方の他の住民証と共にここで保管されるのだろう。 「それじゃ、レンは行くわ。あんまり待たせると、エステルが妬いちゃうもの」 「ふふ……そうですね。あまりレンちゃんをひとり占めしたらいけませんね」 穏やかに笑うクローゼにぺこりと一つお辞儀をして、レンはぱたぱたと政務室を出て行く。それを見送り、彼女も僅かに遅れて部屋を出た。すぐ外の玄関ホールには、彼女の親友たちが待っている。 「ちょっとレン、いったいクローゼと何してたのよ?」 「うふふ……もちろん、とってもイイコトよ。でもエステルにはナイショね」 悪戯っぽく笑う少女に、何よそれ、と口をへの字に曲げるエステル。それに、クローゼも小さくくすりと笑って、 「エステルさんやヨシュアさんには、わざわざ言うまでもないことですよ。いずれお話しますけど、今はわたしとレンちゃんの秘密です」 「ク、クローゼまで……」 ね?と笑みを交わし合う二人に、エステルはむーっと頬を膨らませ、ヨシュアは苦笑を浮かべる。でもきっと、本当に言うまでもないことなのだから。 「エステル、そんなこと言ってていいの? もう定期船の時間なんじゃなかったかしら」 「あっ、そ、そうだけど……! もーっ、この件は後でじっくり追求してやるんだからねーっ!」 「はは……それじゃあ、そろそろ行こうか。ごめんクローゼ、何だか慌ただしくて」 じゃれ合うエステルとレンの傍らで、ヨシュアが軽く頭を下げる。柔らかく微笑んで、クローゼは首を横に振った。 「いいえ、お会い出来てとても嬉しかったです。またいつでもいらして下さい」 「うん。クローゼも元気で」 「モチのロンよ! またねっ、クローゼ!」 「……ありがと、お姫さま。レンも嬉しかったわ」 目を細めて言う彼女にそれぞれ頷いて、彼らは城の出口へ向かっていく。その姿を見送りながら、クローゼは眩しそうに呟いた。 「……良かった」 いくつかの記憶が浮かんでは消える。そのどれもが、今この光景には色褪せた。 ほんの少しの羨望と何より大きな親愛を籠めて。この想いを誇りと共に、抱えて見守り続けよう。 祈るのではなく、信じたままで。 例え立つ場所は違っても、同じ空の下にいる。 |