Brightness. #ex
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+parents/ そして三日後。 レンの風邪はすっかり良くなり、捻挫の方も幸いさほど酷くなかったため、歩くのに支障がない程度には回復していた。 一時ぎくしゃくとしていたエステルとレンの関係も、雨降って地固まると言うべきか。以前の状態よりずっと自然体になってきている。……まぁ、エステルがやたらとレンに構いたがり、少女を若干辟易させているあたりはご愛嬌だが。 何だかんだで結構な長居になってしまったツァイスだが、さすがにそろそろ発たねばならない。今日の午後には乗船手続きをしよう、ということになったのだが──── 「ちょっと待ちなさい!!!!」 ばぁん!! ……と、激しい勢いでツァンラートホテル二階にある部屋のドアがたたっ開かれたのは、エステルたち三人が荷物を纏めていた昼過ぎのことであった。 「っ……!? な、何事!?」 ぎょっとして振り向く三人の視線の先、部屋の入口に仁王立ちで立っているのは、見たことのない女性。 金色の髪を肩の上で一つに束ね、なぜか射抜くような視線でこちらを睨んでいる。白衣を着ているところを見ると、工房の研究者なのだろうか。初めて見た顔なのは間違いないのだが、何となく、どこかで見覚えがあるような…… 「お、お母さんっ……お姉ちゃんたちがびっくりしちゃってるよ〜……」 と、後ろから困惑顔で姿を現したのは、見慣れた金髪の少女。ティータである。 「あら、ティータじゃない」 「じゃあ、お母さん───っていうことは……?」 再び白衣姿の女性に視線が集まる。三対の瞳に見つめられ、しかし一切動じることなく、その女性────エリカ・ラッセルは胸すら張って宣言した。 「そう。私がこの子の母親、エリカ・ラッセルよ。はじめまして、エステルさんにヨシュアくん。それから……レンちゃん」 肩口に掛かる髪を払い、三人をそれぞれ見渡すエリカ。とりわけその視線は、レンへと強く注がれる。 それに、思わずムッと眉を寄せるエステル。エリカの目はお世辞にも好意的とは言い難く、どちらかと言えば値踏みするような色を含んでいる。挨拶を返すのもそこそこに、彼女の視線から庇うようにレンの前に進み出る。 「はじめまして、ティータのお母さん。ティータにはいろいろとお世話になってるわ。……けど、いきなりノックもなしに部屋に押し入るってのはどーゆー了見?」 「ご、ごめんなさいお姉ちゃん。お母さん、ちょっと強引なところがあるから……」 「ティータは謝らなくていいわ。……そうね、確かにいきなり押しかけたのは非常識だったわね。ごめんなさいエステルさん」 まったく悪びれたふうもなく返すエリカに、ますますむーっと顔をしかめていくエステル。会ったばかりで何だかよくわからないが、この相手とは相容れない。エステルの直感がそう告げていた。 一方それはエリカにしても同じなのか、腕を組んで仁王立ちのまま、威圧するようにジト目を送る。その間でティータはおろおろと右往左往し、ヨシュアは思わず嘆息をつく。そして当のレンと言えば、ぱちくりと目を瞬かせエステルを見ていた。 「エリカさん。そんなに喧嘩腰になっていると、向こうも警戒してしまうよ。ただ挨拶に来ただけだろう?」 すると、不意にまた別の声が廊下から聴こえてきた。 同時に扉の前にやって来たのは、作業着姿の大柄な男性。体格こそしっかりしているが、その表情は穏やかで雰囲気も柔らかい。優しげなアクアマリンの双眸は、まるで──── 「……もしかして、あなたがダン博士ですか?」 「ああ、そういう君はヨシュアくんだね。はじめまして、ティータの父のダン・ラッセルです」 にこりと微笑み、軽く頭を下げる男性。その面差しはやはり娘であるティータに良く似ていた。 「ご、ごめんね、いきなり押しかけちゃって…… お父さんとお母さん、今朝急に帰って来たの。……わ、わたしもびっくりしちゃったんだけど……それで、お姉ちゃんたちに挨拶したいって言って……」 よほど怒涛の展開だったのか、あまり説明になっていない事情の説明するティータ。どうやら実の娘である少女にとっても、なかなか手に余るご両親のようだった。 「……ティータのパパと、ママ……」 何となくどこかで既視感を覚えなくもない組み合わせに、レンは交互に彼らを見比べる。その視線を受けてか、ダンと、エステルと睨み合っていたエリカも少女を見る。────この少女が『レン』。あの≪パテル=マテル≫の操縦者にして、かつてNo.]Xの執行者であった少女。ティータが自ら力を欲してまで、接していこうとした少女…… 「はじめまして。君が、レンちゃん……だね」 「……えぇ、はじめましてティータのパパ。ティータにはいつも良くしてもらっているわ」 屈み込んで会釈するダンに、レンもまたスカートの端を軽く持ち上げぺこりとお辞儀する。にこ、と微笑む表情はあくまでも自然なもので、かつて覗いた影はない。……だって、もう、羨む必要はないのだから。 「君のことはティータから聞いているよ。想像していたのとは、少し違っているみたいだけどね」 「あら……、ティータはレンのことをどういうふうにお話していたのかしらね? まさか意地が悪くて怖ぁい男の人だなんて言っていたのかしら?」 「そ、そんなこと言ってないよ、レンちゃんてば〜……」 くすくすと悪戯っぽく微笑うレンに、困ったような苦笑を浮かべるティータ。 そんな二人を微笑ましそうに見るダンの横で、黙り込んでいたエリカがようやく口を開く。彼女はぼそりと、 「……………………………………かわいい」 ────そう、心の底から口惜しげに呟いたのだった。 『はい?』 何を言い出すのか、と、揃って彼女を見るヨシュアとエステル。しかしエリカと言えばそちらには目もくれず、やたらと難しい顔で眉根を寄せて少女たちの戯れを凝視している。はっきり言って怖い。と言うかむしろ異様だ。 「くっ……まぁ、仕方ないわ……可愛いは正義、可愛いは法律、可愛いは絶対だもの。そういうことなら折れるしかないわね……」 爪を噛みつつトンデモナイことを呟くエリカ女史。いったいぜんたい何が「そういうこと」なのかはわからないが、一人で納得してうんうんと頷いている。この自己完結っぷり、間違いなくラッセルと親子だ。希釈するどころかより強烈に濃縮されているが。 「……ねぇ、このひと本当にティータのお母さんなの? ぜんっぜんキャラクターが違うんですけど……」 「なんて言うか、かなり個性的な人みたいだね……自分の得意分野に入り込むと、周りが見えなくなるところは似てるかもしれないけど」 ヒソヒソ、と小声でやり取りするエステルとヨシュアの傍らで、ダンは仕方なさそうに苦笑いを浮かべている。彼にしてみればエリカの可愛いもの好きは今更のことだし、この言動が彼女なりの 「ま、確かに可愛いけど……うちのティータには敵わないわね」 瞬間。 ぴしり、と音を立てて、空気が割れた。 「………………ちょっと、聞き捨てならないわね。ティータは確かに可愛いわよ。でも、レンが劣ってるとは思わないんだけど?」 ずいっ、と、再びエリカの前に立つエステル。明らかに喧嘩を売る目だ。それに、エリカはフッ、と不敵に微笑い、 「語るに落ちたわね。そんなもの、比べるまでもないでしょう。 ティータのこの、ふわふわとして抱きしめたくなるような愛くるしさ……! ティータよりも可愛いものなんて世界中探しても見つかるわけがないわ!!」 「あ、あんですってー!」 きょとん、としている愛娘をぐいと引き寄せ、めいっぱい胸を張って断言するエリカ。一方エステルも負けじとばかりに、げんなりとしているレンを押し出す。 「レンの方が可愛いに決まってるでしょーが!! 天使みたいな外見に小悪魔チックな言動のギャップ、ただ可愛いだけじゃない魅力があるわ! うちのレンが世界一可愛いのは揺るぎない事実よ!!」 「チッ……小癪な……!」 うんざりとしている本人たちと、ついて行けない男性陣を他所にヒートアップするお母様方。疾りだした衝動はもう止まらない。 「そんなものは邪道だわ! ティータの可愛さは王道、王道とは即ち王の道! 基本なくして応用は成り立たないわ! ベーシックこそが普遍にして最強なのよ!」 「何言ってんの、今や時代は陰のある美少女よ! 陰と陽の間で揺れ動く内面が庇護欲と愛情を掻き立てるの! それはヨシュアを見ても確定的に明らかだわ!」 「ちょっと待って何で僕が比較対象になってるの」 「ギャップと言うならティータだって負けてないわよ! こんなに小さくて可愛いのに趣味は機械弄りなのよ!? 小さい身体に導力砲っていう絵面もキュートだわ!」 「レンだってじゅーぶん普通に可愛いでしょ!? ふりふりひらひらが鬼のように似合うし、意外と子供らしいところなんか誰が見たってきゅんと来ること請け合いよ!」 ヨシュアのツッコミは全力で無視し、二人の論戦(?)は留まることなく白熱していく。 当の本人たちはと言えば付き合いきれないようで、部屋の端っこに移動してきゃっきゃと楽しくお喋りしていた。親同士の諍いなんて得てしてそういうもんである。 「ティータが小さい頃は……!」 「あの時レンが……!」 果てしなく続いていく愛娘の可愛いエピソード披露大会。その話だけで月の扉が3つか4つは出来そうな勢いである。まぁ何かいろいろと語ってはいるが、要するに言いたいことは即ち、 『うちの娘の方が可愛い!!!!!』 と、これに尽きるのだった。 どう見ても親バカです本当にありがとうございました。 「エリカさん、少し落ち着いて」 「エステル、どうどう。どっちがどっちなんて意味の無いことじゃないか」 さすがに見かねたのか、ダンとヨシュアが仲裁に入ってきた。しかしエリカとエステルの気は治まらない模様。 「私は冷静よ、ダン! あなたからもティータがどれだけ素直で可愛くて私たちの宝物なのか言ってやって!」 「意味が無いなんてことないわよヨシュア! レンはちょっと素直じゃなくて不器用だけど、そこがまた可愛いんだから! ねっ、ヨシュアもそう思うでしょ!?」 『……えぇと……』 揃って詰め寄る二人に途方に暮れるおとーさんたち。こうなってはもはや彼らにはどうしようもない。 ……と言うか。 ダンとヨシュアが平静なのは、別に相手に譲っているわけではなくましてや本気で優劣などないと思っているからでもない。彼らは単に、内心では何の疑いもなく、
と、大真面目に確信しているだけなのであった。 むしろ業が深いのかもしれない。 「勿論、ティータは僕たちの宝物だ。だけどそれを他人にまで押し付ける必要はないし、それでティータの良さが損なわれるわけでもないだろう?」 「エステル、レンがどれだけ可愛いのかは僕もわかってるよ。だから僕たちさえそれを知っていれば、レンにとっても充分なんじゃないかな」 思ってても口に出さないところが穏健派の所以である。あくまで差し当たりのないことを舌に乗せつつ、全面抗争の心構えは胸の内だけに秘めておく。大人はみんな嘘つきなのだ。 「ダン……」 「ヨシュア……」 そんな彼らの内心はともかくとして、説得に胸打たれたのかようやくエリカとエステルはクールダウン────かと思いきや。 『それは違うわ! うちの子の方が絶対に可愛いんだから!!』 ……こちらはひじょーに分かりやすかった。 そしてその後、約四時間にも及ぶ大激戦の末決着などつくわけもなく。 午後の便など当然のように乗り逃し、再戦を誓いつつの出立がその日の最終便までずれ込んだことは、もはや記すまでもないことであった。まる。 | ||||||
"Siawase Kazoku Keikaku." 1st stage closed. To be continued next stage ...? | ||||||