Do you know the angel whereabouts? #3
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3/ there is no angel in this sky ヨシュアが≪結社≫に戻らなくなったのは、それから少し後のことだった。 レーヴェに聞いてみたところ、S級遊撃士≪剣聖≫カシウス・ブライトの暗殺を命じられたものの失敗し───現在は標的であったカシウスによって保護されているという。 どういう経緯があってそうなっているのかはよくわからなかったが、ヨシュアが生きていてくれるならそれで良かった。教授は意地悪だからヨシュアを連れ戻さない理由を教えてくれなかったけど、生きているならきっとまた一緒にいられるようになる。レーヴェだって、レンがいい子にしてたらまた会えるって言ってくれた。ヨシュアには≪結社≫以外にいるところなんてないんだし、レーヴェもレンも待ってるんだから、ぜったい帰ってきてくれるはずだ。 淋しくはない。 だって、≪パテル=マテル≫がいてくれる。 お話できるようになるまでは大変だったけど、今ではちゃんと≪パテル=マテル≫はレンの言うことを聞いてくれる。強くて大きい、レンの本当のパパとママ。ヨシュアはいなくなっちゃったけど、≪パテル=マテル≫がいるから平気だった。 ゴルディアス級戦略人形兵器≪パテル=マテル≫の ……だって、もう。 そんな歪なカタチでしか、少女の願いは叶わないから。 なんでも出来る強さも、本当のパパとママも手に入れた。不満なんてない。なのに、いつからかそれが綻び始めた。 『叱ってくれる人がいないから、あんなふうになっちゃうんじゃない?』 ────エステル・ブライト。 あのカシウス・ブライトの娘であり、ヨシュアの戻ってきてくれない原因だと教授が言っていた少女。 呆れるくらい何も知らない、どこまでも能天気な、信じられないほどのお人好し。 惜しみなく愛情を注がれて育ったのだろう、疑うことを知らない幸福な娘だ。良く言えば素直、悪く言えば単純。まっすぐ伸びた向日葵みたいな、誰からも愛される新米遊撃士。 ルーアンで出会い、王都で共に過ごした彼女を、レンは不思議と気に入っていた。 レンからすれば普通なら疎ましいと思うだろうタイプなのに、底抜けのひとの良さのせいだろう、どうしてか嫌いになれない。その言葉にも笑顔にも、悪意や打算なんてどこにも見当たらなかったから。 ただそれでも、どうしてヨシュアが5年もの間≪結社≫に戻ってきてくれなかったのか、それが理解できなかった。 確かに居心地はいいと思う。思わず気を許してしまいたくなるほどに、彼女の周囲はばかみたいな温かさが蔓延していた。 だけどそれは自分や、レーヴェを捨てさせてしまうほどのものなのだろうか。 エステルは消えた彼を捜していた。だからエステルが意地悪してヨシュアを隠してしまったわけじゃない。ヨシュアは自分からこの少女のもとを去って、信じられないことだけど、≪結社≫と戦おうとしているんだ。 何が彼をそうさせているのだろう。≪結社≫がどれほどの組織か、それに抗することの無謀さがヨシュアにわからないはずないのに────そんなにも、エステルのことが大事なんだろうか。 レンは≪結社≫ですべてを与えられた。 じゃあヨシュアは、≪結社≫では得られなかったものを、この少女から貰った……? ……よく、わからない。 エステルのことはキライじゃないし、むしろ好きだと思う。だから例えば、エステルがレンと一緒にいてくれるようになったら、ヨシュアは帰って来てくれるだろうか? そうしたらヨシュアが戻って来なかった理由もわかるかもしれないし、何よりエステルを殺さなくて済む。彼女が≪結社≫に入ってくれたら、エステルの────ヨシュアやお人形さんたちとは違う「キレイ」さを、ずっと残しておける。 教授が言ってくれたそのアイデアは、とても素敵なものに思えた。レーヴェは無理矢理はダメだって言ったけど、エステルはあんなにヨシュアのために一生懸命だったんだ。≪結社≫にいれば待ってるだけでヨシュアに会えるんだから、きっと頷いてくれると思う。もしどうしても駄目だったら────その時は、力づくで頷かせてしまえばいい。 ごく自然に、敵意などなくレンはそう考えられる。 だって少女が生きてきた世界では、それが当たり前のことだったから。強い力で従えさせる、押さえ付ける。それが普通。なのに。 『でも≪結社≫に入ったりしたらあたしはあたしじゃなくなっちゃう。本当の自分として強くなれなくなる』 何それ。 せっかくレンの仲間にしてあげようと思ったのに。助けてあげようって思ってたのに。 エステルやヨシュアと一緒にいられるって、すごく楽しみにしてたのに────なんで、そんなこと言うの? 『子供のあんたが、そんな場所にいること自体間違ってると思う。 このまま大人になったら取り返しがつかなくなるから……』 何を言ってるのだろう。 取り返しなんて、とっくにつかなくなってる。もう、ずっと昔に。 あの痛みも、あの冷たさも、毎日が苦しいだけだった、あの虫籠の中の絶望も────何一つ知りもしないくせに、どうして、レンが間違ってるなんて言えるんだろう。 どうしてそんな残酷なことを、そんなにまっすぐに伝えようとするんだろう。 ……不意に、忘れていた記憶を思い出す。 必ず迎えに行くから、と泣いていた顔。ニセモノだった誰か。 もういい。 そんなこと言うなら、エステルなんていらない。 レンの ──────レンはシアワセ。 それは嘘じゃない。自分は何も騙してなんかいない。誤魔化してなんてない。満足してる。だって、そうじゃなかったら────自分はあの二人と同じ、ニセモノっていうことになっちゃうじゃない──── 『でも、できればレン自身に気付いて欲しいと思う。いつでもヨシュアみたいに後戻りが出来るんだって……』 ちがう。 後戻りなんか、出来なくていい。 そうしたらレンはどうなっちゃうの? いっぱい傷つけられて、いっぱい、傷つけて……それは無くせないのに、ぜんぶ聞こえないようにするための力は無くした方がいいなんて、なんでそんな意地悪なことを言うんだろう。 エステルだけじゃない、ヨシュアだってそうだ。ヨシュアはレンのことよくわかってるはずなのに、なんでエステルの言うことがウソだって言ってくれないの? ヨシュアも……レンが間違ってると思ってるの? ────レンは間違ってない。 ちっぽけで無力な子供になんか戻りたくない。 間違ってるのはエステルたちの方だ。 だからレンがされたみたいに苦しめて、ごめんなさいって、喉が枯れるほど後悔させてやるんだから──────! / ……結局、レンはエステルたちに勝てなかった。 ≪パテル=マテル≫は言うことを聞いてくれなくなって、レンひとりじゃエステルたち4人とは戦えない。そうして────今はこうして、≪パテル=マテル≫の手に乗って、≪グロリアス≫へ戻る途中にいる。 「────……、…………」 ころりと身を横たえて、沁みるほど青い空を仰ぐ。 ≪ 「…………エステルのばか」 ぽつりと、少女の口から言葉が漏れた。 巨人は何も返さず、ただ空の中を飛んでいく。呟いた言葉はいずこへと溶けていくだけだ。 ここまでの間にも、幾度も思い返した。 エステルは何も知らない。レンがされてきたことも、レンがしてきたことも、何もわからない。レンが今までどんな酷いことをしてきたのかも知らないくせに────どうしてあんなふうに、構ってくるのだろう。 『あたしがレンのこと、好きだからよ』 あたりまえみたいに、そう言い切った。 レンのこと、ニセモノだって言ったくせに。 ────じゃあ、エステルが好きなレンって何? ────それがエステルの言う「本当の自分」なの? 『悪いことをしたらぶたれるのは当たり前よ。 じゃないと、他の人の痛みが感じられなくなっちゃうからね』 はたかれた頬をそっと手で押さえる。 もう痛みも熱も引いてしまったけれど、はたかれた頬よりも、胸の奥の方がじんと痛くなったことを憶えていた。 悪い大人たちに叩かれた時のことを思い出したから。嫌がったら殴られた。痛いって余計に嫌がるともっと殴られる。その記憶よりも、エステルがその記憶を思い起こさせたことが、すごく嫌だったんだ。 『同じかどうかはレンが自分で考えてみて。どう……本当にそう思う?』 エステルは、どうしていつも難しいことばっかり言うんだろう。 いっそ決め付けてくれたら楽なのに……わからないことばかりで、頭がぐるぐるする。そのくせその言葉には、やっぱりぜんぜん悪意なんてなくて、レンが好きになったお日様みたいな「キレイさ」しかない。 ────それがわかっているから。だから、どうしても無視できないんだ。 『……レンが自分の心で感じるままに判断しなさい』 抱きしめられて、そんな言葉が耳朶を打った。 そう言えばいつだったか、レーヴェも同じことを言っていた気がする。自分で見て、感じたことを信じるんだ、って。あの時はちゃんと聞かなかったけど、……ちゃんと聞いていたら、何か変わっていただろうか。 思い返せば、いつも他人に合わせて生きてきた。 そうしなければ自分を守れなかったから、仕方ないとは思うけれど────自分で考えて、自分の生き方を決めたことは、一度もなかったように思う。 自分の中で「望んだこと」は少なくない。 でも、自分のことを「考えたこと」は、果たしてどれほどあっただろうか。 だからエステルは、レンをニセモノだって言ったんだろうか。自分で自分のことを決められないまま、嘘で塗り固めてまわりぜんぶに八つ当たりしてきたから。だから、取り返しがつかなくなる、って────…… 「────────……」 息を吐き、両手を空に伸ばすように掲げる。陽光を遮る小さなてのひら。 こんなにも小さな手にさえ、残ったものは何もない。壊すためだけの手では、何一つ掴めなかった。 ────そう、どんなに強い力があったとしても。 埋められる 「…………ばかなエステル。≪結社≫以外に、レンの行くところなんかないのに」 後戻りが出来ると、彼女は言った。 だけど本当に自分は、「後戻り」していいんだろうか? 失ったものが多過ぎる。奪ったものが多過ぎる。いまさらどこへ戻ればいいんだろう? もう二度と名乗らないと決めた、姓があった頃には戻れない。≪結社≫を抜けるなら、≪パテル=マテル≫とも別れなくてはならない。 でも、もう気付いてしまったから────これ以上、ニセモノのままの自分ではいられない。 「……ふんだ。そうなったら、エステルとヨシュアにセキニン取ってもらうんだから」 彼らと一緒にいく。いっそのこと、あの二人にパパとママになってもらうというのはどうだろう? その考えはあまりにも楽しそうで、思わず小さく笑ってしまった。少しムシが良すぎるくらいに。でも、願うくらいなら罰も当たるまい。 ≪結社≫を抜けるにしろ留まるにしろ、決めるのは自分自身だ。 どちらの道を選ぼうと、影はきっと付きまとう。それを誤魔化すことは出来ない。本当のレンは、小さな子供のままだったけど────それでもそんな自分を、エステルは好きだと言ってくれたから。だから、少しくらいは我慢できる。 「ねぇ、≪パテル=マテル≫───レンを、守ってね」 返答はない。でも、きっとそれで良かった。 このパパとママは冷たい機械の塊だけど、でもこの5年間、ずっとレンのことを見守ってきてくれたから。その力に縋ることは出来なくなってしまったけれど、その存在を寄る辺とするくらいは許されるはずだ。 そして、いつか本当のレンに胸を張れるようになったら、もう一度エステルたちに会いに行こう。 ……そのためにも、絶対に死ぬなんて許さない。 ふと思い出すのは、あの遠い雨の日。 今だってはっきりと憶えている、肌を打つ水滴の冷たさ、白く凍えた吐息、昏く沈んだ灰色の空。 だけどそれも、今は眩しく広がっている。理想郷と成るはずだった天の方舟を包んで、遍く遥かに。黄金の ──────空は、ただひたすらに蒼くて広くて、鮮やかで。 わけもなく悔しくて、じわりと境界を滲ませる。 「──────ああ」 まだ、何も答えを出せてはいないけれど。 今は、ただ立ち止まっただけだけれど。 でもここから始まっていく。 いつか夢見た、最初に願った、眩しい場所へ届くように──── それはどこまでも遠く。 そして、こんなにも近い。 数多の想いと幾多の願いが溶け入る蒼穹。遥か過去より、いつか、消えてなくなるその時まで。 ────── |
【postscript.】 レンの軌跡。『しあわせかぞくけいかく。』に繋げるためのお話です。 もともとは一本にまとめる予定だったのですが、長くなってしまったので中だるみ防止に分けてみたり……あとはまぁ、読み手によってはアレな部分もありますんで。 念のため予防線を張っておくと、2で登場したオリキャラは呼称から≪パテル=マテル≫に繋げる演出と、単に執筆上あそこに名前のあるキャラがいると便利だなぁ、というただそれだけの理由で渡貫のオリキャラ倉庫の中から適当にピックアップしただけです。今後何かで関わってくるようなことはありませんのでご安心下さい。 ……まぁ、2はいろいろ苦戦した話なので大目に見てくれると嬉しいです。ちびっこアサシン書き難いぜコンチクショー。 いやぶっちゃけちゃうとそんな苦労して1・2の話は書く意味あるの?って疑問もないではないですが……えぇとほらあれだ、カタルシスっつーか、人生山在り谷在りっつーか。コンセプトが「レンの軌跡」だしね? 単に痛い話が書きたかっただけじゃねなんてそんなことナゼバレタ。 まぁそれはともかく。(誤魔化した?) そんな下地を含みつつ、『しあわせかぞくけいかく。』に繋がるわけなのです。 |