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web拍手お礼用小ネタ キリカ→ヴァルター


[ see you. ]



「そう。それじゃあ息災で」

 リベール王国南部、ツァイス地方ヴォルフ砦。カルバード共和国との国境に接するここで、遊撃士協会ブレイサーギルドツァイス支部の受付係である女性───キリカは、目の前に立つ大柄な男にそう言葉をかけた。
「ああ。お前さんも達者でな」
 答える彼の名は、ジン・ヴァセック。隣国カルバード出身のA級遊撃士である。
 リベール国内で起きた≪結社≫に関わる一連の事件も一段落し、その後の混乱も収まりつつある今日。彼もまた祖国へと戻るため、ここを訪れていた。
 見送りに来たのは、同郷の出であり昔馴染みのキリカのみ。かつて共に戦った仲間たちには、出国を直接伝えたものもいれば手紙で報せたものもいるが、会おうと思えばいつでも会えるという彼の意向から特別なことは何もしなかった。仲間の多くは何かと忙しい身の上であり、そのためにわざわざ時間を割くことはない、という配慮の結果でもある。
「向こうに着いたら手紙でも寄越しなさい。しばらくは忙しいでしょうが、そのくらいの時間は取れるでしょう」
「……お前ね。そういう場合は落ち着いたらでいい、とか気遣うものじゃないか?」
「そうかしら?」
 平然と答える彼女に、呆れ混じりのため息をつく。この女性は昔から要領が良く、涼しい顔で無茶を言ってくる時があるのだ。もっとも本当に出来ないことを要求したりはせず、あくまでも実現可能な範囲でだが。逆に言うならば、そこが一番タチの悪い部分でもある。

────だから、今はその変わらないところが、少しだけありがたい。

「…………………………」
 不意に、古い記憶を思い出す。
 この女性と、兄弟子と共に過ごした過去。何の迷いもなく己を鍛え師を目指した日々の残響。もはや戻らない在りし日は、決して快さだけで振り返られるものではない。
 けれどだからと言って、嘘にしてしまう必要はないだろう。戻れない日々であったとしても、顔を伏せなければならないものはどこにもない。確かにあった日々ならば、残るもの、繋がっているものはここにあるのだから。

「────キリカ」

 だからそのひとかけらに、彼と交えた拳を見つめて伝える。
 一人の男が彼女を想い続けた時間、それが、少しでも報われるように。

「あいつを───ヴァルターを、許してやってくれないか」

「──────────」
 どこか予想はしていたのか、キリカはその言葉を、眉一つ動かすことなく受け止めた。
 彼女はしばし瞑目した後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……そうね。別に私は、はじめから彼のことを憎んだりはしていなかったけれど」
 そうして瞼を開き、穏やかな微笑を浮かべて。

「あなたがそう言うのなら、許さないでおくことにするわ」

 そんな言葉を、口にした。

「は……? ……あのなキリカ、人の話を聞いてたか?」
「ええ、もちろん聞いていたわ。でも悪いけれど、あなたの口からそんなことを聞かされても許す気にはなれないわね」
「……む」
「未練なんてなかったけれど。
 あまりばっさりと切ってしまったら可哀想だから、そのくらいは残しておくことにしましょう」
 ふふ、と艶やかに微笑み、彼女は肩口にかかる黒髪をはらう。
「キリカ───」
「さあ、そろそろ行きなさいジン。もしもどこかで彼に会ったら、許して欲しかったら直接謝りにいらっしゃい、と伝えておいて」
 こともなげにそう言うキリカに、ジンもまた堪えきらないように笑う。
「はは、それももっともだ。……確かに、俺が代弁するようなことは何もなかったな」
 いつかカシウスが言っていた。一度結ばれた絆は、決して途切れることはないと。形は変わってしまったけれど、まだなくなってはいないなら、自分が口を挟むことなどありはしなかった。だってそんなもの、どう考えても割が合わない。

「それじゃあなキリカ。たまにはお前さんも里帰りしろよ」
「そうね……考えておくわ。道中気を付けて」

 おう、と答えて、ジンはその大柄な体躯を揺らしてゲートをくぐって行く。
 振り返りはしない。これは別れではなく、ただ違う場所へ戻るだけのことだ。道は変わらず、同じ空の下で続いている。

 衛兵がゲートを閉じて、キリカもまた、ゆったりとした服を翻し踵を返す。見送りということでここまで来たが、いつまでもギルドの受付を空けておくわけにはいかない。
 トラット平原への道を辿りながら、彼女は遠く晴れた空を仰いだ。

「────ほんとうに、不器用なひと」

 その言葉は誰に宛てたものか、風にたゆたい消えていく。
────未練はないと。
 紅い塔の屋上で、言い放った言葉に偽りはない。キリカの中で、すでにあの過去は訣別されたものだ。絶対に言いはしないだろうけれど、もしもやり直そうなどと言われたら殺意さえ覚えてたところだった。
 彼の抱いた苦悩も葛藤も、彼女にとっては知ったことではない。彼女にわかるのは置いていかれた自分の気持ちだけ。何も言わなかった彼の思いを知ることなど出来ないし、知ったつもりになる気もない。

 だけど、そう。
 過去への未練はないけれど──────新しく始めるのなら、そのそばにいたいとも思う。

 不器用なひとだから、いまさら後戻りなんてしないかもしれない。自分で選んだことだ、この期に及んで“償う”なんてムシのいいことが出来るわけねぇだろ───ああ、言いそうだ。でもそんなひとだったから愛した。
 だからなおのこと、このままにはしておけない。自分さえ騙せない人だから、このまま引き返せないでいたらきっとどこかで破綻してしまう。後悔されるのも、失望させられるのも彼女にとっては我慢ならないことだった。


 失ってしまったものに、せめて胸を張れるように。


「───そうね。気が向いたら、私も追いかけてみましょうか」

あの少女のように、上手くいくかどうかはわからないけれど。

だけどまだ想いは繋がっているはずだ。願い、失われていない絆があるのなら、きっと──────


この青い空の下。
もう一度、どこかで会うこともあるだろう。





キリカ×ヴァルター。(順番それでいいのか)
実を言うとよしゅえすの次に好きな二人だったり。「そこに惚れていたんでしょう?」がSC中もっともときめいた台詞だったのはここだけの秘密だぞ!

write:2006/06/10


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