+ Thank you for very much your clap! +
web拍手お礼用小ネタ キリカ→ヴァルター


[ antipathy. ]



 しとしとと降り続く雨が、ツァイスの街並みを灰色に霞ませている。
 常であれば白衣や作業着姿の技術者が頻繁に行き交いする通りも、今日はときおり運搬車が過ぎていくばかり。工房前に設置された自動階段の駆動音さえ、雨音の向こうに溶けているようだった。

「──────……」

 遊撃士協会ブレイサーギルドツァイス支部のカウンターに腰掛けて、キリカは一つため息をつく。イメージから静寂を好むと思われがちだが、キリカとしてはむしろ賑やかな方が好ましい。昔から静か過ぎるのは苦手だった。
「────────」
 ……そう言えば、どこかの誰かも決してよく喋る方ではなかったか。もう一人の昔なじみはそんなこともなく、三人でいる時は良かったのだが────ふたりきりの時は、会話は途切れがちだった。それでもその時間を苦痛だと感じなかったのはどうしてだろう。

「……なるほど。だから雨は好かないのね」

 余計なことを考えてしまって憂鬱になる。
 普段ならちょっとしたことでも利用されるギルドは、しかしこの天気だからか閑散としたものだ。もう一度物憂げにため息を吐いて、キリカは私物の入った引き出しを開けた。
 こまごまとした雑貨の一番上に置かれたものを手に取る。手のひらより少し小さな、紙で出来た四角い箱。すでに封が切られているそれは、ごく一般的な煙草の箱だった。
 彼女はそこから中身を一本引き抜くと、やはり引き出しの中に入れられていたライターを取って慣れた仕草で火を点ける。そうして煙草に着火したのち再びライターをしまった。

「──────……」

 口に咥え、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
 リベールでは手に入りにくい銘柄のものらしいのだが、もともと滅多に吸うことはない。喫煙はこれで何度目かになるが、この煙臭さからは相変わらず不快感しか得られなかった。こんなものを好んで摂取する人間の気が知れない。
 ……そう、彼女は別に喫煙に慣れているわけではない。ただ誰かの仕草を真似して、誰かと同じ煙草を吸っているだけ。
 白く煙る吐息が湿った空気に溶けていく。
 祖国であるカルバートは、こういった“健康的ではない”嗜好品に事欠かない。この国の煙草と比べて遥かに強いらしいこれも、そういったものの一つだった。彼が何を思ってこんなものを愛煙していたのかは知らない。彼女はこの匂いがどうしても慣れなくて、何度もやめるように言ったものだが。

『嗜好品なんてのはそんなモンだろ。コレにしたって、生きていくには不要なモンだ。俺にとっちゃどっちも変わらねぇよ』

 ……そんな、莫迦なことを言っていたっけ。
 怠惰に生きることを許せないほど自分が嫌いだったくせに、何を格好付けていたんだか。……いや、違うか。確かに己を痛めつけるという意味では、どちらもたいして変わらない。

『───何を言うかと思えば……口寂しいならこちらにしなさい』

 寄り添えば煙草の匂いが移って嫌だったし、口づけた時に膠の後味が口内に残るのも嫌いだった。
 だけど、それでも愛しかったのだ。
 誰より自分のことが好きになれない被虐趣味で、その上幸せを感じるココロが故障している誰かさんを愛していたかった。

 自分で自分を愛せない人だったから。
────わたしが、幸せにしてみせようと思ったのに。

 他者が感じる他愛無い幸福を、どこまでも甘受することが出来ない。おまけに不器用で頭が固いなんて、本当に手間のかかる人間だ。……なのにそんなところが愛しくて仕方ないのだから、きっと、この終わりは必然だった。


 灰皿を取り出し、とん、と叩く。燃え尽きた先端がぽとりと落ちた。


「ただいま戻りました───って、あれ……キリカさん?」

 がちゃ、と音を立てて入口の扉が開く。
 雨に濡れた髪を拭きながら入って来たのは、ツァイス支部所属の遊撃士ウォンだった。
「お帰りなさい。問題はなかった?」
「はい、特には……キリカさん、煙草なんて吸われるんですね」
 よほど意外だったのか、物珍しそうな視線で訊ねてくるウォン。小さく苦笑を浮かべ、キリカは指に挟んだ煙草を掲げる。
「えぇ、滅多には吸わないけれど。苛々している時なんかには吸いたくなるわね」
「ああ……煙草を吸うと落ち着くという人もいますからね」
 確か中央工房の工房長も、そんな感じだったと記憶している。彼自身は吸わないので詳しいことはわからないのだが。
 納得したように頷くウォンに、しかしキリカは首を横に振って、
「いいえ、逆よ。むしろ吸うと余計に気分が悪くなるわ」
 と、きっぱりと言い切った。
「……は? いや、でも……」
 唖然とした表情を浮かべるウォンには答えず、キリカは再び煙草に口を付ける。じわりと沁みる、いつかと同じ味。でも何か違う味。
 そのことを意識するたびに嫌になる。だから保っていられる。不快さという異物はわかりやすくて、時間ときが緩く覆い隠していく傷みを見失わないでいられるから。
 許せない、と感じたことを、今でも許さずにいるために。

「────今は、もうそれくらいしか、繋がっているものがないのよ」

 文句の一つも言えないままで、その存在おもかげを透かしてしまいたくはなかった。
 何のことかわからず首を捻るウォンにくすりと笑って、キリカはそっと紫煙を吐き出す。そしてもうずいぶん短くなっていたその一本を、くしゃりと灰皿に押し付けた。





またもキリカ×ヴァルター。(しつこくこの順序で)
時列系ではFCより前、キリカさんがツァイスへ来てそんなに経ってない頃を想定。このころならまだ3rdとも矛盾しない……はず。たぶん。
読めばおわかりになる通り、何ぞに参加した何がしをイメージしています。
キリカはヴァルターの夫。たとえ公式で否定されようと、この主張は死ぬまで続けていきたい(´・ω・`)
(だからって原作を否定するわけではなく、それはそれ、という意味で)

write:2007/06/28


BACK