Lost piece.

+ コ ス モ ス



「……少し、意外です。あなたは私のコトを嫌っていると思ってました」
抱えた紙袋で顔を半ばまで隠し、拗ねたような目でトモエは彼を見た。
「そんなコトはないですよ。まぁ、確かに反りは合いませんが」
「う……」
「むしろ人間的には好感が持てる部類かと。……軍人としてどうか、と訊かれたなら、また別の答えになりますがね」
さらりと答えるファンエンに、小さくうめいて口を噤むトモエ。それを、彼は人の悪そうな笑みで見遣り、
「そう言うあなたはどうなんですか。僕にだけ答えさせるというのは不公平では?」
「えぇっ!?」
思いもよらない反撃に、トモエは素っ頓狂な声を上げた。
「な、わ、わたし、ですか!?」
「そりゃそーですよ。他に誰がいるんですか」
呆れたような彼の言葉が聞こえているのかいないのか、あからさまに動揺して顔を赤く染めるトモエ。……彼女の赤面症はいつものことなので、深い意味はあまりない。
「そ、その。一個人としてなら、尊敬に値すると思っていますが」
ごにょごにょと呟くトモエに、ファンエンはかすかに目を細めた。そのまま口を噤む彼に、トモエは訝しげに首を傾げる。
「ファン将軍?」
「あぁ───いえ。それはどうも」
またからかわれるとでも思っていたのだろう、あっさりとした返答に、彼女は些か拍子抜けしたような表情を浮かべた。それから一拍遅れて、なんですか、と口の中で呟く。
「────────」
一方ファンエンは、それきり口を閉ざしたままだ。
先ほどまでの意地悪い笑みも消え、何か思うところがあるような、平坦な表情を浮かべている。トモエが不審に思い覗き込んでも、目を合わせることはおろか反応さえ示さない。

……何か、自分はおかしなことを言ってしまったのだろうか。

なんとなく不安になってきてうろたえ始めた彼女に、唐突に、ファンエンが言葉を発した。

「───トモエ将軍。お言葉は大変ありがたいのですが」

「えっ!?」
いきなり声をかけられて処理が追い付かないトモエに、彼は一方的に告げる。……どこか、彼女ではない誰かを、見つめるように。


「あなたは甘い。────そんなことでは、いつか寝首を掻かれますよ」


「────────」
意味が理解できないほど、トモエは無邪気ではなかった。言葉を失い足を止める彼女に構わず、ファンエンは振り返りもしないまま先へと行ってしまう。呆然とその背を見送るしかないトモエの足下を、秋の木枯らしが冷たく吹き抜けて行った。

「…………では、あなたはどうなんですか、ファン将軍」

ぽつりと、少女の口から言葉が漏れる。街の雑踏へ消えていく背中に、届かぬと知りながら。
「わたしは…………それでも……」
いずれ、道を別つ時が来ると気付いている。
それが相容れない道だということも、わかってる。
きっと今、こうして隣を歩いていたことこそが奇跡だったと思うほどの、どうしようもない“現実”がそこにあることも。

だけど。
だけどそれでも、今ここにあるものを────信じたいと願うことは、間違いでしょうか?







+ シ ス タ ー ・ コ ン プ レ ッ ク ス



それは昔の話。
怪我をした小鳥を、彼女が助けようとした話。


白くて綺麗な、可愛らしい小鳥だった。
傷付き唄えない鳥だったけれど、彼女は一目でその鳥のことを大好きになった。
不憫な小鳥を籠に入れ、彼女はとても大事にした。よく効く薬を与えてあげて、もう誰にも傷付けられることのないように注意もした。
でも、小鳥はなかなか良くならない。きっと美しい声で唄うのだろうに、ちっとも声を聴かせてくれない。
彼女は小鳥が大好きだったから、どうしたら声を聴かせてくれるのか考える。
ひょっとしたら、この鳥篭が気に入らないのかもしれない。それならもっといい鳥篭を贈ってあげよう。
ひょっとしたら、周りに人がいると傷に障るのかもしれない。それなら自分以外は誰も近付けなくしよう。
いろいろやってみたけれど、やっぱり鳥は唄わなかった。
彼女は小鳥が大好きだったから、どうしても声を聴きたくて、

『とりはうたうのがしごとなんだ。うたえないとりはしんでしまうよ』

……そんな嘘を、ついてしまった。

ようやく鳥は唄い始める。でもその声は、とても綺麗だったけれど、彼女が聴かせて欲しかった声ではなかった。
嘘を取り消したら小鳥はまた唄わなくなってしまうかもしれない。ううん、今度こそ二度と声を聴かせてはくれなくなる。
彼女はそれが怖かった。だから嘘をついたまま、せめて別の唄い方を教えてあげようとした。
だけれど最初の間違いは正せないままで、どんどん嘘は増えていく。そのたびに、小鳥の声は彼女の望んだものから離れていった。
そうして、いつからか彼女にもわからなくなってしまったのだ。
自分が本当に聴かせて欲しかったのは、どんな声だったのか。


やがて彼女の知らないうちに、誰かが小鳥を篭から出した。
彼女はすぐに篭へ戻してあげたけれど、鳥はそれから空ばかり眺めるようになってしまった。
また、誰かが小鳥を篭から逃がす。篭の外はキケンなことがいっぱいで、鳥はそのせいで怪我をしたのに、再び小鳥を空に放つ。
羽ばたきながら、鳥は唄う。
あまり上手ではないけれど、楽しげに高らかに。
それはずっと、彼女が聴きたかった鳥の声。
どうして。
彼女の前では、あんなふうに唄ってはくれないのに。綺麗だけれどキカイみたいに、繰り返すだけなのに。
どうして?
どうしてソイツの前では、そんなふうに唄うの。

彼女のこころはぐちゃぐちゃになる。大事なものをられたくない。大事なものが、自分から離れていくのが許せない。
まだきっと取り戻せるから。
だって最初に約束したから。
君のために、とっておきの贈り物とりかごを用意してあげると。
世界一のたからものなら、小鳥もきっと喜んでくれるはずだ。今度こそ彼女のために唄ってくれる。

だからどうか待っていて。



────彼女にはわからなかった。
こんなにも大切に思っているのに、何がいけなかったのか。
────彼女にはもう、わからなかった。
自分ははじめ、何をあんなにも願っていたのか。
────彼女にはとうとう、わからなかった。
小鳥の唄に込められた、繰り返された想いの在り処を。


……それは、ずっと昔の話。
笑わない妹を、救ってあげたかった姉の話。







+ ク リ ス マ ス に は



 夜を彩るネオンサインが、さながら星空のごとく地上に瞬く。
 きらめく街並みはまさに聖夜の真っ只中。それを見下ろすこのホテル・グランシャリエ56Fの一室も、クリスマスらしい雰囲気を醸し出している。
 クラシカルな蓄音機からはムード溢れるクリスマスソングが流れ、小さめのツリーはもちろん本物。そして百万ドルの夜景を眺める窓際には、丸いテーブルを挟んで一組の男女が向かい合っていた。

「メリー・クリスマス、アルセウス。君と聖夜を過ごせて嬉しいよ」

 グラスに注がれたシャンパンを掲げ、微笑む彼女の名はクラリス・クラストキー。齢僅か17にして国際天使対策機関の所長という肩書きを持つ少女だが、今その身体を包むのは機関の制服ではなく真っ白なイブニングドレスだ。年齢のわりには小柄でスレンダーな彼女ではあるが、その美貌は群を抜いている。上等なドレスにアクセサリー、ついでに髪型もアップに纏めていれば、どこぞの貴族のお嬢様と言っても通じるだろう。
 で、その向かいに座っているのは言うまでもなく、俺ことアルセウス・エクスカリバー。愛しい恋人と甘い聖夜を満喫中、……と、言いたいところなのだが。

「ほれはほはっは。ほへほ」

 その男の方が全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ状態では、全てを帳消しにして余りあるってもんだろう。

 が、彼女の笑顔は崩れない。と言うか満面の笑み。そりゃそーだ、そもそも俺をこーしたのは彼女なんだし。
 ……うん、さすがに掛け持ちで18人とデート、というのは無理があった。5分でバレてボロ雑巾のように殴り倒され、車椅子に括り付けられてこの部屋に連行───もとい、招待されたのがおよそ30分前。ミイラ男と笑顔で向き合う美少女の絵面は、はたから見たらさぞ薄ら寒いものがあるに違いない。
 ちなみに上のほうでつらつらと描写されている情景は、9割がた俺の想像である。だって俺、包帯で目も口も塞がれてるもん。辛うじて覆われていない耳だけが、不気味なほど上機嫌な彼女の声とレコードの音を拾ってくれる。
「フフフ……ほんとうに、君と過ごせて嬉しいよ?」
 なぜ繰り返す。
 大事なことだから2回言ったのか。
「だって私は信じていたんだから。君がクリスマスという一大イベントの日に、まさか命よりも大切な恋人を放ったらかしにして別な人間と逢っているなんて、そんな薄情なことをするはずがないだろう?
 ねぇアル、聞いているかい? 聞こえないはずはないだろう? だってそのために耳は空けておいたんだから。これで私の声が聴こえないような耳なら、削ぎ落としてしまっても支障はないと思うんだがどうだろう?」
 声音だけなら超キュート、しかし内容は超ホラー。サンタクロースの赤い服は子供の返り血で赤くなった、などという面白くもないギャグがふと脳裏を過ぎる。
「……ま、いいか。
 夜はまだまだこれからだからね、アルセウス。ふふっ、あまり意地悪はしないで欲しいな」
 華やぐ声、塞がれた視界の向こうで鮮明に映る極上の笑顔。言葉だけ聞けば甘い甘いクリスマス────


 その実、悪夢の一夜はこんこんと更けていくのであった。まる。



アルセウスの冒険 バッドエンドEx. 『クリスマスには惨劇を』

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