your wants whole concept of the world.
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+ ク ラ ウ ン 学 園 に よ う こ そ ! -you hoped from crown- |
#01 新学期 ────キーンコーンカーンコーン…… 昼休みを告げるチャイムと同時に、校舎はひときわ騒がしさを増す。 無論ここ1年B組の教室においても例外ではなく───と言うか、むしろ騒がしさにかけては学園一と言っても過言ではないこのクラスからは、通例通りお祭りのような賑わしさが溢れ出した。 「うおぉぉぉぉやっと昼休みだー!! ついに高等部の学食だぜぇ!!」 「ちょっと男子うるさい!! お弁当に埃が入るでしょ!?」 「ハァ!? こっちはすぐにでも食堂に行かなきゃならねーんだよ!!」 「俺らが出た後に弁当出せばいいじゃねーか!!」 「そっちこそ何勝手なこと言ってんの!? アンタたちが静かに行動すればいいだけの話でしょ!?」 「ンな悠長なことしてられっか!!」 「知ったことじゃないわよ!」 「んだとぉ!?」 「なによ!?」 ……とまぁ、こんな具合だ。 男子の皆さん、学食はいいの?とか、女子の皆さん、そのお弁当が今まさに宙を飛んで行くんですけど、とか、野暮なことは言ってはいけない。この状態に入ったみんなにとって、倒すか倒されるかがすべてなのだ。 「…………ハァ」 互いを罵倒する声と椅子だの机だのが飛び交う教室の中、ヒートアップする喧騒を他所にぼくは暗澹たるため息をついた。 ぼくの手には、朝のホームルーム───ただし二時間目まで食い込んだ───で渡された、クラス委員の議事録がある。 「やっぱりこうなるわけね……」 高等部に入って少しはみんなも少しは落ち着くかと淡い期待もしてみたけれど、結果はこの通り酷いものだった。ってゆーか、むしろ中等部の頃よりパワーアップしている気さえする。 「こーら。なぁにを暗いため息ついてるのかな、剣太郎くん」 と。 手にした綴じ込みノートが不意に抜き取られ、そのままぱこん、とぼくの頭に落とされる。 「った。……優輝ちゃん」 視線を上げれば机の前には、ご近所さん兼クラスメイトの風凪優輝ちゃんが立っていた。 「まったくもー。まーだクラス委員に抜擢されたことをいじけてるわけ?」 「……いじけてるよ悪かったね。今年こそは『万年クラス委員長の呪い』から抜け出したかったのに……!」 くぅぅ、と唇を噛み締める。これでぼくがこのクラスの委員長を務めるのは23期連続……ようするに入学以来ずっとということだ。無論こんなことは、他のクラスではありえない。 やくざなみんなに振り回されて揉め事に巻き込まれるなんて日常茶飯事。むしろ平穏無事に一日が終わったことなんて、果たして今まであったかどうか。厄介ごとを押し付けられては奔走する日々から一度でも解放されたかったと言うのに……やっぱり今年のクラス委員選挙も、ぼく以外は満場一致の採決だった。 「あはは、まぁそう気を落とさない。やっぱりウチのクラス委員は、あなたじゃなきゃ務まらないんだから」 にこにこと笑いながらそう言う優輝ちゃん。よほどぼくが困っているのが楽しいと見えます。 「ハァ……それにしたってどうしてこう、うちのクラスは男女の仲が悪いんだろう」 「何言ってるの、火事と喧嘩は江戸の華、我がクラスではあなたと喧嘩が華なんだから」 「……江戸ってどこさ」 よくわからないことを言って楽しげに笑う優輝ちゃんにもう一度ため息をつき、議事録を机の中にしまう。ぶっ飛んできた黒板消しが錐揉みながら視界の前を横切っていった。 「さて、そろそろ本当にお昼にしないとねー。剣太郎くんは今日どうするの?」 「んー、購買か学食かな。まだ残っていればいいけど」 答えつつ時計を確認する。昼休みに入ってから10分弱、何もないってことはないだろうけど、まともなものがあるかどうかは微妙なところだ。 ちなみに、優輝ちゃんはお弁当。貧乏なので普段はぼくも自炊なのだけれど、今朝に限って夢見が悪くて寝坊したんだよなぁ。 「そうなの? じゃあ急がないと」 「うん、行って来る。また後でね、優輝ちゃん」 手を振って、まだ争いの最中にある教室を出る。……ぼくが戻って来るまでに、収まっていてくれればいいんだけど。 / 高等部において一般生徒の利用する食堂は、普通教室棟の一階奥に設けられている。 1-Bの教室からは徒歩およそ5分、急げば3分。というわけで早足で食堂に向かう途中、階段を駆け下りたところで思わずぼくは立ち止まった。 「あれは……」 グラウンド沿いのレンガ道を優雅に歩いているのは、この学園でも絶大な人気を誇る三名だった。一般生徒とは明らかに異なる気品と風格。やっぱり上流貴族は桁が違う。 食事を終えたにしてはまだ早い時間なので、たぶん、学生寮の食堂へ向かうところなのだろう。 「余裕があってけっこうなこと……ぼくには一生縁のない世界だな」 ここクラウン学園は、有数名家の子女子息からぼくみたいな貧乏庶民まで、実に幅広い層の生徒が通う大陸最大規模の私立学園である。幼稚舎から大学部まで一貫のエスカレーター式、多種多様な専門教科、フリーダムを通り越してカオスに足を突っ込みつつある校風などなど、まぁ我が校ながらよくわからないところだ。 基本的には貴族も庶民も校内では分け隔てなく扱われる。入学時は選民意識の強い学生も、学校側で同列に並べられるうちに階級に抵抗がなくなるそうだ。と言ってもそれはあくまで学園内でのみの話。一歩外に出れば貴族は貴族、庶民は庶民と区別される。そして敷地内でも唯一その例外となるのが学生寮なのである。 敷地奥に建てられた豪邸───それこそがこの学園の学生寮だ。寮とは名ばかりのべらぼうな部屋代を要求されるため、入寮を許されるのは一部の有力貴族や特待生のみというとんでもない施設である。その中にあるという食堂は入寮者にしか使えないため、一般食堂が生徒でごった返す昼休みでもゆっくりと食事できるという寸法なのだ。まぁ仮に一般開放されていても、ぼくら庶民ではとても手が出せないのだろうけど。 件の三名は何やらあれこれ談義しながら、寮の方へと向かって行く。ハァ、と一つため息をつき、ぼくもまた雑多に人が集う一般食堂へと足を向けるのであった。 * * * 出来るだけ外でゆっっくりと時間を潰してから教室へ戻ると、どうにか喧嘩は収まっているようだった。 そろりと教室の中へ滑り込む。がやがやとした騒がしさはあるけれど、休み時間であればどこの教室も似たようなものだ。いつもの大騒ぎに比べれば可愛いものである。 「おかえり剣太郎くん。ちゃんと食べれた?」 「ん、まぁそれなりには。……みんなも落ち着いたみたいだね」 席に戻ったぼくを、優輝ちゃんが手を振って出迎える。ただし勘違いするべからず、彼女はぼくの味方ではない。どちらかと言えばむしろ敵。 「あはは、まーねぇ。途中でみんなお腹空いて倒れちゃっただけだけど」 「……やっぱり」 そんなことだろうと思ったよ…… しかし理由はどうあれ、喧嘩が収まってくれたなら文句はない。ぼくだって一日にそう何度も巻き込まれてぼこぼこにされたくないし。 「もうみんな高校生なんだし、大人になってきたということで……」 我ながら甘い見積もりを口にしつつ席に就く。隣で優輝ちゃん大ウケしてるし。 と、椅子を引いたところで、不意に窓際を中心に黄色い声が上がった。 「見て見て、黎子先生と天空院さんがいる!」 「あ、ホントだ! いつ見ても絵になる二人だよね〜」 見れば女の子たちが、窓の外を見てきゃあきゃあと騒いでいる。どうやら下の中庭に、A組の翼=翔=天空院さんと体育の黎子=美亜=綺恋先生がいるみたいだ。 どちらも学園で人気の人だけれど、特に天空院さんと言えば全校男子のアイドルである。当然、それを聞き付けた男子も一気に窓際に集まり、あとは毎度お馴染みのパターンだった。 「何ィ!? 天空院さんだと!?」 「少しはどいて俺らにも見せろよ女子!」 「はぁ!? 先に見つけたのはあたしたちでしょーが!」 「そうそう、アンタたちみたいな下心丸出しの連中に誰が見せるもんですか!」 と、喧々囂々の大騒ぎ。きゃあきゃあはあっという間にぎゃーぎゃーになり、って言うかすでに乱闘始まってるー!? 「み、みんな落ち着いて……! もうすぐ予鈴だし、そんなに騒いだら」 せ、せっかく昼休みの騒ぎは回避したと思ったのに……! 慌てて止めに入った、と言うか入ろうとしたぼくに、視線が一気に集中する。そして一瞬の静寂の後、ぶわりと、両側から破裂したように立ち上る圧力……! 「剣崎くぅん……剣崎くんは、あんな男子どもとは違うよねぇ?」 「剣崎ぃ〜? お前は俺たちの味方だよなぁ〜?」 っ……!!?! な、なんでこんな時ばっかり息ピッタリなんだ君ら!? ゴゴゴゴゴゴゴ、なんていう擬音を背負いつつ、ぼくを追い詰め始める両陣営。気付けば位置関係は逆転していて、ぼくの方が窓際に追いやられている。てゆーかひょっとして皆さん、喧嘩したいだけなんじゃないですか!? 「あはは、あとは剣太郎くんをイジメたいっていうのもあるかもねー。さっきはそれが物足りなかったみたいだし」 「他人事のように言ってないで助けてクダサイ」 いつの間にやら輪から抜け出し、高見の見物を決め込んでいる優輝ちゃんにレスキューを求めてみる。が、いつものことながら彼女はけらけらと楽しげに笑うばかりで我関せず。どん、と背中が窓の桟にぶつかる。 ……この騒ぎに気が付いたのか。 窓の下、中庭にいた当の彼女────翼=翔=天空院さんが、ふと顔を上げて、 ────────にっこり。 「…………え?」 ぽかんとしているぼくの後ろで、膨れ上がった殺気が弾けたのは、その直後のことだった。 * * * 夕焼けに染まる白い校舎。運動部の人たちが熱心に部活に打ち込むグラウンドの横、校門へ続くタイル敷きの道を歩く。 高校生になって初めての、輝かしい新学期だと言うのに、ぼくの足取りは早くも鉛のように重かった。ギャグとは言えクラス中からフルボッコにされて、楽しい気分でいられる人はそう多くないと思う。 「あっはっはっはっ。今年も楽しい一年になりそうだねぇ〜」 ……が、こちらはたいへんご満悦の様子。 隣を行く優輝ちゃんは、すこぶる上機嫌で軽く伸びをした。 「笑いすぎだよ優輝ちゃん……よっぽどぼくがボコボコにされたのが嬉しいと見えるね」 「あはは、ゴメンゴメン。でもそうヘソを曲げない」 数歩ぼくより前に出て、優輝ちゃんはこちらの顔を覗き込むように身を屈める。そろそろ校門が見えてくる頃だ。 「みんな君のことが好きなんだから。愛されてる証拠だよ、剣太郎くん」 「……とてもそうは思えないけど。だとしても、ぼくはもっと優しい愛がいいよ……」 ぴっ、と人差し指を立て、ウィンク一つおまけしつつ笑う優輝ちゃん。それに、ハァ、と深い嘆息をもって返す。あのクラスのみんなと付き合い始めてはや10年、トラブルが付いて回らない日は一度もないのだ。……まぁ、これはこれでぼくの日常となっているのも事実なので、いいかげん諦めるべきなのかもしれない。基本的に悪い人たちではないのだけれど。 「まぁまぁ、そうしょげないで。 元気を出せ少年、頑張るあなたはきっと報われる。ひょっとしたらいつかたぶん、ガラスの靴を履かせてもらえるかもしれないね」 「ガラスの靴は女の子の特権だよ。男のぼくは馬車馬のように働いても、返ってくるものなど何もありはしないのです」 再びため息。その時不意に、ポケットの中の携帯電話が着信を報せる音を上げた。 「ん……?」 電子音とコールランプで存在を主張する携帯を取り出す。小さな液晶パネルに表示されていたのは、バイト先からの簡易メッセージを告げる画面だった。 「あれ……今日もバイト? これでもう一週間働き尽くめじゃない」 「んー、新人の子が風邪引いちゃったんだってさ。それでシフトに空きが出来ちゃったから、ヘルプに入らないと。 貧乏だし、稼げるうちに稼いでおかないとね……」 言って、ぱたんと携帯を閉じる。運送会社の配達手伝い……正直言えば厳しいが、仕事を選んでいられるほどの金銭的余裕はないのだ。根気とコツさえ掴めば、体力平均のぼくでも何とかなる。 「いつごろ終わるかな? 晩御飯の余り、持って行くよ」 「そこまでしてもらったら悪いよ。優輝ちゃんの家にはいつもお世話になってるんだからさ」 優輝ちゃんの自宅であるところの風凪家は、ぼくが一人暮らししているアパートのすぐ近くだ。いろいろあって昔から、ただの他人であるぼくに何かと良くしてくれている。優輝ちゃんのご両親は「構わない」と言ってくれるけど、やはり親切に甘え過ぎてしまうのも忍びないというものだろう。風凪の家だって、決して裕福というわけでもないのに。 「遠慮しなくてもいいってば。お父さんもお母さんも、剣太郎くんのこと気に入ってるし。 今までのツケは、ちゃーんと出世払いで返してもらう予定なんだから」 「なんか、気付いたら一生かかっても返せないほどの借りが出来てそうで怖いんだけど……」 ……いや、それはもうとっくに出来ているか。 10年前、天涯孤独の身になったぼくがここまでやってこれたのも、クラスのみんなやまわりの人の支えがあってこそだ。その点はすごく感謝している。だからこそ、出来るだけ迷惑はかけたくない。 「……どうしても駄目?」 「駄目って言うか、ね……そもそも帰りは夜になると思うし、そんな時間に女の子の家に行ったり、来てもらったり出来ないよ」 ご近所とは言え、優輝ちゃんにも世間体があるし。ぼくなんかと変な噂が立ったら迷惑だろう。 ……って言うか優輝ちゃんだってけっこう可愛いんだから、そういう話の一つもあっていいと思うんだけどなぁ。やっぱりぼくに構ってばっかりなのが良くないのでは。 「ふーん……いちおう女の子だと認識してくれてるんだ」 「そりゃそうでしょう。優輝ちゃんで女の子じゃなかったら、世の中の8割は男になるじゃないか」 「8割ってのも微妙だねー。それにウチの学校、可愛い子多いし。ほら、今日だって騒ぎになったA組の天空院さんとか、三年の羅石先輩とか」 「ああいう人たちは特別でしょ。貴族なんだから、見た目にも気を遣ってるんだろうし。比べたとしても、優輝ちゃんが女の子らしくないってことにはならないと思うけど」 さして深く考えず答えたわけだが、優輝ちゃんはム、と何やら考え込んでしまう。 んー、女の子の世界はよくわからない。 「…………まぁ、いいか。剣太郎くんがせっかくそう言ってくれたんだから、素直に受け取っておきましょう。 それじゃ、ホントに無理はしないでね。ご飯とか用意できないくらい疲れたら電話するよーに」 場所は校門。普段ならぼくも彼女と同じく左に折れるところだけど、バイト先はここから右へ行った方が近い。優輝ちゃんとはここでお別れということになる。 「うん、そうさせてもらうよ。それじゃまた明日」 「また明日ねー」 ぱたぱたと手を振って、優輝ちゃんは反対方向の帰路へと着く。その背を見送って、ぼくもまたバイト先へと向かい始めた。 ────この時、ぼくは知らなかったのだ。 平穏な日々というのは、決して永遠の続くものではなく……ぼくの日常は、すでに変わり始めていたということに。 Inturlude/ 校門から校舎へ続く道の両脇には、膝よりもやや高さのあるレンガの花壇が並んでいる。 あと一月も経てば鮮やかな赤と白のツツジを咲かせるだろう茂みの向こうから、一人の少女がすくっ、と立ち上がった。先ほどまで花壇の手入れでもしていたらしく、手には園芸用のスコップが握られている。 「……あれ? あの方は…………」 そこでふと、彼女は校門を出て行こうとする少年と少女の姿に気が付いた。背を向けて談笑する二人がこちらに気付くことはないが、その一人を少女はよく知っている。 色素の薄い髪の色。年のわりには小柄で、どちらかと言えば可愛いと形容される部類に入るだろう顔立ち。雰囲気はずいぶんと変わってしまっているが、その少年は間違いなく彼女の知る人物だった。 「そう言えば、今日から高等部なんですね。早いなぁ……」 待っている間はずいぶんと長く感じたものだが、過ぎてしまえばあっという間だったようにも思える。遠のいていく後ろ姿に、少女はにこりと笑みを贈った。 いずれにせよこれから彼を待ち受ける運命は決して穏やかなものではないだろうけれど、 「がんばって下さいね、剣太郎くん」 /Inturlude out... |
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