your wants whole concept of the world.
|
+ ク ラ ウ ン 学 園 に よ う こ そ ! -you hoped from crown- |
#02 王冠執行部 「おっはよう、剣太郎くん! 今日もいい天気だねぇ」 ぼくこと剣崎剣太郎がクラウン学園高等部に通うようになって二日目の朝。家の近くの交差点で待ち合わせしていた優輝ちゃんが、元気良く挨拶をする。 「おはよう、優輝ちゃん。今日も元気そうだね」 まぁ待ち合わせと言うか、単に通学時間が重なっているだけなんだけど。もはや年単位でお馴染みの、他愛の無い雑談を交わしながら登校するいつも通りの風景である。 昨日からは向かう先が高等部の校舎になったとは言うものの、基本的には同じ学校。多少の位置関係の違いはあれど、道のりはほぼ同じで新鮮味があるわけでもない。 ……それはそれで結構なことだ。変化のない日常に退屈を感じるのは恵まれている証拠だろう。 ぼくだってもうちょっとクラスのみんなが落ち着いてくれればなぁ、とか、もうちょっと生活が楽になったらなぁ、とかその程度の望みこそあれ、それ以上に求めるものなんてない。分不相応な高望みは破滅のもと、世の中平和が一番である。 さて、そんなこんなで学園に到着。あたりには同じように登校してきた生徒たちで溢れている。 ちなみに女子の制服が違うのは、今年から新しいデザインが採用されたためだ。優輝ちゃんを始め、多くの一年生が新制服を着用している。一方上級生になると旧制服姿の人も少なくはなく、割合としては半々くらいだろうか。中には一年生でも旧型の制服を着ている生徒もいるようだけど。 「そう言えば、剣太郎くんは今年も部活とかはしないの?」 校門から校舎への道すがら、優輝ちゃんがグラウンドの方を見ながら訊ねてきた。 彼女の視線の先には、朝練に励む運動部の人たちの姿がある。……と言ってもここを使うのは、もっぱら陸上部らしいけど。専用のコートなんかはグラウンドのさらに向こうの区画にあるとのこと。……あれ、でも今はサッカー部と思しき人たちもいるなぁ。 「部活ねぇ……生憎だけど、そういうことに使えるような時間はなさそうだよ」 そんな時間があるならバイトに当てたいのが正直なところだ。別に働くのが好きってわけじゃないけれど、お金がなければ生活できない。貧乏人はつらいのです。 「うーん、苦労してるねぇ剣太郎くん。体だけは壊さないようにしてよね?」 「そうなったら元も子もないし、気を付けるよ。ぼくだってそりゃ、出来れば青春を謳歌したいけどさ……」 ハァ、とため息をつきつつグラウンド沿いの道を横切っていく。校舎側の敷地より人一人分ほど低く造られたグラウンドからは、運動部の人たちの威勢のいい叫び声。 …………叫び声? 「け、剣太郎くん危ないッ!!」 っっ……!!? 優輝ちゃんの悲鳴にも似た声にぎょっとしてグラウンドの方へ振り向く。その視界に飛び込んできたのは、こちらに向かってものすごい勢いで迫って来るサッカーボール……! 誰が蹴ったのか知らないが、その速度は「当たったら痛そうだなぁ」などという呑気なレベルではない。グラウンドからここまで、それなりの距離があるにもかかわらずこの球威。ずいぶん将来有望な選手がいるようですがコントロールも覚えた方がいいですよー!? 「────ッ!!」 とてもじゃないが、避けられるシロモノじゃない。軽い脳震盪くらいは覚悟してぎゅっと目を瞑る。 ────ばぁん、という派手な打音。 しかし覚悟していたはずの衝撃は、いっこうに訪れる気配がない。おそるおそる、ぼくは目蓋を開いた。 ……どこか既視感のある光景。 目の前に広がる背中と、踊る黄金の髪。場違いなほど軽やかな口笛はその人物によるものだろうか。 片足で薙ぎ払われたボールが、ぽーん、と天高く弧を描いた。……信じられない。優輝ちゃんでさえ声を上げるのがやっとだったというのに、目の前の男子生徒は一瞬でぼくの前に踊り出て、それを容易く弾いてしまったのだ。 くるくると回転しながら落ちてきたボールが、すとん、と彼の手に収まる。振り向く金の瞳がぼくを捉えた。 「───いやぁ、危ないところでしたねぇ」 整った顔立ちにどこか人を食ったような話口調。この学園でもその名前を知らない人はいないであろう有名人────狂ノ助左衛門=弾=黒ノ葛。 その容姿・能力からとりわけ女子生徒に高い人気を誇るものの、それ以上に有力貴族の嫡男でありながらの問題行動の多さでも有名だった。しかしこの高等部においては、さらに彼の名を知らしめている大きな要因が存在する。 「……あ、……ありがとうございます、黒ノ葛先輩」 呆気に取られながらもぺこりと頭を下げる。 あまりのことに呆然としてしまったけれど、この人はぼくを助けてくれたのだ。 「いえいえ、お気になさらず。これもパフォーマンスの一種でして」 言って黒ノ葛先輩は指先でくるくると弄んでいたボールを放ると、それをグラウンドの方に向かって蹴り上げる。ぽーん、と滑らかな放射線を描いて飛んでいくボールは、ちょうどこっちに向かって走って来ていたサッカー部の部員たちのところへと落ちて行った。 「ま……怪我がなかったようで何よりですよ。そっちの可愛い君もね」 「あ。ど、どうも……、剣太郎くんを助けていただいてありがとうございます」 さすがに彼女でも緊張するのか、何とも微妙な表情でお礼を返す優輝ちゃん。 ……しかし、何だろう。助けてもらっておいて何だけれど……彼がにやりと笑みを浮かべると、言葉に出来ない嫌な予感が背筋を駆け巡っていく。 「んじゃ、俺はこれで。今後はもう少し周りにも気を配った方がいいですよ? あんまりボンヤリ生きてると、人生もったいないですからねぇ」 と、にこやかな微笑みと共にとんでもない皮肉を残して、黒ノ葛先輩はひらひらと手を振って去って行った。 ………………なんだろう。 何か、朝からえらく疲れた気がする…… 「いやぁ、すごい人に助けられちゃったねぇ」 「優輝ちゃん……」 「あはは、ボンヤリ生きてると人生もったいないだって。剣太郎くんももっと強欲にいろいろやってみたら?」 「強欲に……って。ぼくなりに努力してるつもりなんだけどね……」 問題も多いけれど、華々しく生きているあの人らしい言葉だ。けれどぼくにはいろんな意味でああいう生き方は出来ないし、現状にもそれなりに満足している。まぁ確かに、向上心とかは欠けてるかもしれないけどさ…… フゥ、と軽く嘆息を着いたところで、ちょうど予鈴が鳴った。 しまった……何かいろいろありすぎてすっかり意識の外に追いやられていたけど、ここは学校で今は登校時間なのだった。一年生の教室は四階、余裕とは言い難い距離である。 「うわゎ、剣太郎くん急がないと。 よーしっ、それじゃ教室まで競争だー! 負けた方は三限目の自習で勝った方のプリントもやること!」 「えぇーっ!? ちょ、ちょっと待って優輝ちゃん!」 言うが早いかだだだーっと駆け出す優輝ちゃんに慌てて追いすがる。何このぼくが一方的に不利な競争!? 全力疾走で教室に着くころには、ぼくはこの朝の出来事をほとんど覚えてはいなかったのである。 * * * 昼休み。 お手洗いから戻る途中、何気なく通りかかった中庭で、どごーんと凄い物音が聴こえた。 「な、何事!?」 まさかまた我がクラスが何かやったのか、と思って四階の窓を見てみるものの、そこには何の異常もない。はて、じゃあどこからの音だったのだろう、と視線を下げた時、ぼくの目の前を何かトンデモナイものが横切っていった。 「ヒッ────!!?」 縦回転でぶっ飛んでいったのは、紛れもなく……人間だった。 と言うか、ここの生徒だ。何年生なのかとかまでは確認できなかったけど間違いない。ど、どういう状況で!? 「え、えぇぇ……!?」 慌ててそちらを目で追うと、ずしゃー、と地面を抉って転がっていく男子生徒。どうやら二年生のようだが、いったい何故に!? と、反対方向に目を向けると、そこにいたのは──── 「───規律を乱せし者よ、校内で喫煙とは一体如何なる道理か。 ここは大陸の未来を担う者たちが集いし学び舎。それを冒涜すると言うならば容赦はせん」 ずしゃり、と、見かけ以上に重い音と共に一歩進み出る奇妙な制服姿の人物。その全身から凄まじい威圧感が放たれている。 もう一人の男子生徒を片手に掴み上げ、圧殺するかのような眼で向こうで転がる人を睨みつける……彼の言葉から察すると、喫煙をしていた生徒二人をこの人が締め上げた……ということだろうか……? 「……ほう。貴公は……」 と、そこでぼくの存在に気付いたのか、先ほどまでの異様な雰囲気を引っ込めてこちらに視線を向ける人物。……いやまぁ、その手には相変わらずぐったりとした二年生が頭を鷲掴みにされたままぶら下がっているので、いろいろとオソロシイことには変わりないのだが。 「え……っと。ぼく、たまたまここを通りかかっただけなんですけれど……」 「そうか、見苦しいところを見せた。しかしここは現在取り込み中だ……早々に立ち去るがいいだろう」 独特の言い回しで退避を促す人物。もちろん言われるまでもなく、ぼくだってそのつもりである。 「あ、は、はい。では失礼しました」 ぺこりと一礼して足早にその場を後にする。背後から再び聴こえる轟音は気にするまい。 ……しかし、噂以上に変わった人だったなぁ。 真吾=剛=大零寺。 この学園の二年生にして、大零寺財閥の御曹司。 古風で難解な言い回しと他には見ない制服が特徴で、校内の不良グループなんかを片っ端から叩き潰しているという話で有名だ。しかも不思議なことに、その叩き潰した対象から根強い支持を受けているという謎の人。 ……それにしても、不思議な偶然が続くものだ。 中等部までと変わらない日々が続いていくものとばかり思っていた学園生活。だと言うのに高等部に入った途端、超有名人である三人の生徒と相次いで顔を合わせている。 昨日の昼に天空院さん。今朝には黒ノ葛先輩。そしてさっきの大零寺先輩。いずれも学園で───特にこの高等部においては、押しも押されぬスーパースターだ。 そりゃあ同じ学園に通ってるんだし、たまには顔を合わせる程度の縁もあるだろうけど……この高等部で、とりわけあの三人と関わりになるという偶然に、ぼくは小さく首を傾げつつ教室への帰り道を急ぐのだった。 * * * ──────そして、その時がやって来た。 * * * 「剣崎剣太郎さん……ですよね?」 たまのバイト休みの日ということで、のんびりと帰り支度をしていた放課後。 優輝ちゃんと一緒に下駄箱まで来たところを待っていたのは、緊張した面持ちの女子生徒だった。 「……そうですけど」 小柄で、前髪のあたりが特徴的なボブカット。見たことのない女の子だ。きょとんとして頷くぼくの前に立ち、彼女はがば!といきなり頭を下げる。 「お、お時間があればぜひ、ぼくと一緒に王冠執行部まで来て下さい!」 『え……!?』 あまりにも予想外な彼女の言葉に、ぼくと優輝ちゃんの驚きの声が重なった。 だって王冠執行部と言えば、学園で知らぬものはないトップ組織。正式名称は生徒会王冠執行部────その名の通り、高等部の生徒会運営を取り仕切る役員の集まりだ。 しかし執行部に選出される役員は、いずれもが能力・家柄共に秀でた生徒ばかり。一般生徒からの支持も凄まじく、彼らの発言力・影響力は高等部のみならず学園中にまで及ぶ。また学園長の意向により王冠執行部には強い権限が与えられており、教師よりも執行部の意見が優先されることも少なくないらしい。 とにかくそれぐらいすごい人たちなのだ。そんな雲の上の人たちが、……ぼくを、呼び出し? 「あの……そ、それって……?」 「えっと……ここで詳しいお話をすることは出来ないんですけど……副会長、書記、会計の方々から剣崎さんをお呼びして来るよう仰せつかってます」 「ひ、ひと違いじゃないんですか!?」 「いえ、剣崎剣太郎さんで間違いありません」 きっぱりと言い切る女生徒に、こめかみのあたりをつーっと汗が流れ落ちていく。 ……な、なんで? ぼくみたいな一般生徒に、いったい何の用が? 高等部に入ってから僅か二日、これと言っておかしな行動を取った覚えはない。クラスメイトのみんなだって、執行部から呼び出しを受けるほどの問題は起こしていない……はず。それともやっぱり“あの時”、気付かないうちに失礼なことをしてしまったんだろうか……? 「………………わ、……わかりました。……ご一緒します」 迷った末に、辛うじてそう絞り出す。途端、ぱっと顔を輝かせる彼女。 「本当ですか!? あ、ありがとうございますっ!」 しかし、こっちはもう口の中がからからだ。出来るならお断りしたいが、そんなことをすれば後がどうなるかわかったものではない。 何しろ我が1-Bは学園一の問題児クラス。その気になればいくらでも難癖を付けられるのだ。そしてもし、そんなことになってしまえば────1-B対王冠執行部の全面戦争は避けられない……!! 一瞬で脳裏に描かれるハルマゲドンの光景。たとえ最終的にはこちらが負けるにしても、 ……それに、悪い話と決まったわけではないし。うん、いい話ってどんななのか想像も付かないけど。 「剣太郎くん……」 「だ、大丈夫だよ優輝ちゃん。別にとって食われるわけじゃあるまいし……」 心配そうな優輝ちゃんに、我ながら上手くない励ましで手を振ってみせる。本音を言えばついて来てもらいたいところだけれど、そこまで情けないことは出来ないもんなぁ。どうも、呼んでいるのはぼく一人みたいだし。 「それじゃ、ちょっと行って来るから。ごめんね優輝ちゃん、一緒に帰れなくなっちゃって」 「……うん……」 表情を曇らせたままの彼女にぺこんと一礼して、ぼくを呼びに来た女生徒は踵を返す。どこか遠い目をした優輝ちゃんにもう一度謝ってから、ぼくもその後に続いた。 / 執行部室は高等部校舎の左翼、普通教室棟2Fの一番奥にある。 ちなみにその手前にあるのが生徒会室。こちらは執行部のみではなく、委員会や部活の代表者を含めた生徒評議会や特別委員会の集会などを行う部屋である。申請があれば一般生徒でも利用できるそうだけど、今のところ事例はないとのこと。……そりゃそうだ。 といったふうに女生徒から説明を受けつつ、ぼくたちは執行部室に到着した。 ……当たり前だけれど、今までこんなところまで来たことはない。ただでさえ普通教室棟はJの字にカーブしている上、二階は主に三年生の教室が並ぶ階だ。その一番奥ともなれば、ぼくでなくとも通りかかることさえあるまい。 ごくり、と唾を飲み込むぼくの横で、女生徒はとんとん、と執行部室のドアをノックした。 「失礼します。剣崎さんをお連れしました」 「おや、ご苦労さま輝目良。入っといで」 ドアの向こうから聴こえた声に、女生徒───輝目良さん?は、はい、と返事をしてから横開きのドアを開ける。 予想よりもかなり広い室内に、半分近いスペースを占める資料棚。残った手前側の半分には、いろいろな機材と木製の円卓が据えられている。しかし最も目を引くのは、やはり机に就いてこちらを見つめる三人の生徒──── 「お待ちしていました、剣崎剣太郎さん」 「よくぞ参られた。我ら三人、貴公を歓迎しよう」 「ま、そう硬くならずどーぞくつろいでいって下さいよ」 翼=翔=天空院、真吾=剛=大零寺、そして狂ノ助左衛門=弾=黒ノ葛。 この王冠執行部でそれぞれ副会長、書記、会計を務める学園のトップスターたち。 それぞれ別個にはこの二日間顔を合わせてはいるけれど、こうして三人揃っているところを見るとやっぱり圧巻と言うか……緊張するな、と言う方が無理な注文だろう。 「んじゃ輝目良、君は下がってて。案内ご苦労様」 「は、はいっ! それでは失礼します!」 黒ノ葛先輩に退室を促され、ドアの脇に控えていた輝目良さんがびし!と姿勢を正して回れ右をする。去り際ちらりとぼくの方を見てから、彼女は大げさに頭を下げて部屋を出て行った。……つまり、今この部屋には、ぼくと彼らの三人だけしかいないのである。 「………………あ、あの」 ごくりと喉を鳴らし、ぼくは再び三人の方に視線を戻す。いったいどんな用件なのかはわからないが、とにかくさっさと終わらせて帰りたいっ……! 「それで……ぼくにどういったご用事でしょうか」 「んー、いきなり本題とはせっかちだなぁ。 どうぞそちらに座って下さいな。何ならお茶でも淹れましょうか? それともコーヒー派?」 すでに及び腰なぼくに対して、いたってのんびりとした黒ノ葛先輩が向かいの席を勧める。そうは言われてもこの三人方と顔を付き合わせて、ゆっくりとお茶を飲めるような度胸はぼくにあるはずもない。 「いいいいえいえ結構ですっ!! その、出来れば用件を手短にお願いしますっっ!!」 席を立とうとする天空院さんに、手と首をぶんぶんと振りまくる。……ああ、我ながらもう少しスマートに対応できないものだろうか…… 「フム……そこまで言うのならば本題へ移ろう。天空院、彼もそれを望んでいるようだ」 「……そうですか……わかりました」 大零寺先輩の言葉に天空院さんは小さく頷くと、再び静かに着席し直す。そして、三人の視線が一斉にぼくへと集まった。 「剣崎剣太郎さん。たいへん急な話になると思いますが」 「は、はい」 「貴公に、我ら三人から頼みがある」 「へっ?」 ……た、頼み? その、あまりにも意外な言葉に、思わずきょろきょろと三人の顔を見回す。 だって、彼らほどの人たちがぼくみたいな凡人に頼みごとなんて、ぜんぜん想像が付かない……ぽかんとしているぼくを、黒ノ葛先輩がニヤニヤと見遣る。 「いやぁ、そう難しい話じゃありません。あなたにだって充分に旨味のあるお願いですよ」 ……ますますわけが分からない。 ただ何か、ひたすら嫌な予感がするぼくに、彼らは声を揃えて言った。 『────あなたに、王冠執行部の会長を務めて頂きたいんです』 |
Crown*School Days Episode#02 closed. |
ブラウザバックプリーズ